北鎌倉 浄智寺のご住職 朝比奈惠温(あさひな えおん)さんにお話を聞く3回シリーズ。第2回は、浄智寺文化圏ともいえる境内一帯の寺域に、脈々と受け継がれている文化の発信にフォーカスします。今回はボンズくんも縁の深い『たからの庭』誕生秘話についてもお話を伺いました。
(第1回『想像力を広げて』の巻,近日公開:第3回『心が穏やかになる場所』の巻)

ボンズ・チーム(以下Bonz):浄智寺さんの境内や周辺は、多くの映像作品のロケ地(被写体)になっているだけでなく、小津安二郎 監督をはじめ,さまざまな文化人ゆかりの地で、今も『たからの庭』や『宝庵(ほうあん)』といった文化の担い手の方々が集まっていますね。このような浄智寺文化圏の取り組みについて、惠温さんはどのように考えていらっしゃいますか。
惠温さん:私自身はクリエイティブな発想がないので、文化的な取り組みを意識的にやっているわけではないけれど、そういう人たちが集まってきてくれますね。

Bonz:今着ていらっしゃるTシャツにも小津安二郎映画『お早よう』のワンシーンが!
惠温さん:あ,これはビームスで,見つけて(笑)

惠温さん:映画監督の小津安二郎さんは1952 (昭和27) 年から,亡くなられた1963 (昭和38) 年まで,お寺の横を少し上がった先に住まわれていました*。
日本画家の小倉遊亀さんも、2000 (平成12 ) 年に105歳で亡くなるまで60年間くらい,すぐ近くにお住まいになって,絵を描かれていましたね。
*築100年を越す旧小津安二郎邸は、主の不在から長い月日を経てリフォームされ、 今年6月に一棟貸し宿泊施設/撮影スタジオとして息を吹き返した。
Bonz:ボンズくんもお世話になっている シェアアトリエの『たからの庭』は、2009年のオープンで、その中にある陶芸窯『たからの窯』は、1930 (昭和10) 年から工房兼住居としてこの場所で暮らしていた陶芸家の久松昌子さんが築いたものですね。画家の藤田嗣治(ふじたつぐはる)が訪れてディナーセットの製作を依頼するなど、文化的にアツいスポットだったと聞いています。
惠温さん:久松さんが亡くなってからは、ご子息がときどき風を通しに来られて、草むしりもされていたけれど、その後、やりきれないのでもう手放したい、というお話になりました。
あの頃はまだ石屋さんも元気だったから、「それなら墓地をつくってはどうですか」という話もあったんですよ。もし当時そうしていたら、スゴイ高級車を乗り回していたかもしれない(笑)
惠温さん:でもそういうのが私はそもそもあまり好きじゃないのと、場所がちょっと奥なので、管理の目が届かないんじゃないか,ということも気にかかっていました。
せっかく薪窯があって,小さいけれど建物もある。 この景色を一度壊してしまったら、二度と復活されないだろうなと… そんな時に、ちょうど映画祭や鎌倉芸術祭にかかわっていた島津さん(『たからの庭』と『宝庵』の主催者)ご夫妻と出会って、これはもう,相談しようと思ったのが最初ですね。

生活の場であった母屋(写真右奥)が再生され、各種ワークショップや文化的なイベントが開かれて賑わう『たからの庭』 。運営には、さまざまな作家や料理家など多くのメンバーがかかわっている。
Bonz:とてもよいタイミングの出会いだったのですね。
惠温さん:引力ですね。共感してくれたんですよ。丸投げに等しい(笑)
Bonz:「たからの庭」や「宝庵」の名前は、浄智寺の山号である「金寶山」の「寶」=「たから(宝)」や,山門の額に書かれた禅のことば「寶所在近」(宝ものはすぐ近くにある)に由来するとお聞きしています。

石段の途中にある浄智寺山門。額には「寶所在近」の文字があり,宋から招いた無学祖元が書いたと伝えられている。
島津克代子さんによる当時の解説メッセージ 「かつては文化都市と呼ばれるほど多くの文化人が集っていた鎌倉なので、何かしら文化の発信拠点のような ものをつくりたいと思っていたところにご住職からこの古家を見せていただき、一目惚れしてしまいました。 当時は草もぼうぼうで、陶芸の薪窯もまさか使えるとは思っていなかったのですが、少しずつ仲間が集まって できることが増え、2018年からは隣接の茶室「宝庵」もお預かりして運営しています。 どんどん町の姿が変わっていく中で、この谷戸の景観だけは変えたくないという惠温さんのお考えは 本当に素晴らしくて、ありがたいと思っています。」
惠温さん:現実的な話として、もし自分たちだけであの場所を維持していくとなると、人手もお金もかかって大変なことになると思います。場所をお貸しして、景色を守ってもらえるなら、高級車を乗り回すよりいい(笑)
Bonz:浄智寺さんを筆頭に、お寺さんの借地であることのおかげで、守られている鎌倉の景色はたくさんありますね。

『宝庵』1934 (昭和9) 年築の茶室は、近代日本建築運動のリーダーの1人で、モダニズム建築デザインと同時に和風建築の名手であった山口文象が手がけた数寄屋づくりである。この美しい茶室が壊されることなく活用されているのも、恵温さんのお力によるもの。
惠温さん:浄智寺は今でもこうやっていろいろな人とつながることができていますけれど、これからも、それをより進めていって,引き継いでいくことが,私の責任になるだろうと思います。
(近日公開: 第3回へつづく…)

「私自身はクリエイティブな発想がないので」と仰っていた惠温さんですが、 たからの庭でのイベントなどスペシャルな時に登場するお手製の「惠温カレー」は絶品として評判。 ドラマ「続・続・最後から二番目の恋」には、熱心なオファーを受けてご本人役で出演されています。
■浄智寺(金寶山浄智寺)
臨済宗円覚寺派・鎌倉五山第四位
1281年頃、鎌倉幕府第5代執権北条時頼の三男・北条宗政の菩提を弔うために創建されました。
最盛期には七堂伽藍を備え、塔頭も11寺院に達したと伝わり 鐘楼門や本堂には、当時の中国から伝わった「宋風」の様式がうかがえます。
本尊は、過去・現世・未来を表す阿弥陀如来・釈迦如来・弥勒如来の木造三世仏坐像。 境内奥の洞窟には、鎌倉江の島七福神の布袋尊がまつられています。
鎌倉市山ノ内1402 電話0467-22-3943
JR北鎌倉駅から徒歩8分。
拝観時間9時〜16時30分/無休
拝観料 大人300円・小人(中学生以下)100円
※天候等により拝観を休止する場合があります。
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