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浄智寺の 朝比奈惠温ご住職 のお話が聞きたい③「心が穏やかになる場所」の巻

浄智寺のご住職であるだけでなく、ある時は鎌倉市の教育委員として、またある時は「鎌倉エフエム放送」の社長として等々,鎌倉という地域のためにさまざまな立場で活動されている朝比奈惠温(あさひな えおん)さん。インタビュー連載第3回は,3.11をきっかけとした「鎌倉の祈り」について、そしてこれからのお寺や、鎌倉への思いをお聞きします。
3回シリーズ:第1回『想像力を広げて』の巻第2回『文化の発信地として』の巻

ボンズ・チーム(以下Bonz):2011年の東日本大震災をきっかけに、鎌倉の神道・仏教・キリスト教の宗教者が、宗教や宗派を超えて市民とともに祈る鎌倉の祈り 3.11. 追悼復興祈願祭』が生まれました。惠温さんは、その発案と実現の立役者のお一人でいらっしゃいます。最初は2011年の4月11日に、その後は毎年3月11日に、会場も神社〜お寺〜教会と巡って、2026年は建長寺さんで開催されましたが、あらためて今、その経緯を教えていただけますか。

鎌倉の祈り 3.11. 追悼復興祈願祭 のためにデザインされたマーク。榊は神道を、 蓮の花は仏教を、百合の花はキリスト教を、それぞれ表している。

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惠温さん:
祈願祭をきっかけにつくられた、「鎌倉宗教者会議」と言う組織は10年の節目で解散しましたが、確実に風通しが良くなって、血が通うような感じになったと思います。それまでは、「鎌倉仏教会」という組織はあったけれど、会合に顔を出すメンバーはだいたい決まっていたし、宗派によって他派とあまりお付き合いをされないところもあって、お寺であっても宗派が違うと話し合う機会がなくて、なかなかコミュニケーションが広がらなかった。

Bonz:キリスト教や神道の方とのご関係はいかがでしたか。

惠温さん:キリスト教の神父様とは個人的なつながりがあったのと、神道の方とは1年前(2010年3月10日の午前4時40分ごろ)に(鶴岡)八幡宮の大銀杏が倒れた後、吉田宮司が心細くされているというのを報国寺の当時の住職から聞いて,有志で駆けつけてお経を読んだご縁がありました。
それがきっかけで、「やっぱり神社とお寺はもともと歴史的に縁が深いし*、今後も交流を続けていきたいですね」と話していました。

* 明治以前、神仏習合で同じ境内に神様と仏様が祀られていたところは多く、鶴岡八幡宮も
八幡神の本地垂迹(本来の姿)である薬師如来をご本尊とする「鶴岡八幡宮寺」だった。

浄智寺さんの庭で見つけたまだイガが青い栗の実。


Bonz:
東日本大震災はその翌年だったのですね。

惠温さん:1週間後くらいに小学校の卒業式があって(市教育委員会委員として)参列するために出かけたとき、鎌倉は停電もあって皆さん自身大変だった頃だと思うのですが、ちょうどお会いした方と「私たちも被災地のために何かやりましょう」という話になりました。それからいろいろな方と相談して「やっぱり大きな祈りの場を考えよう」ということになり、4月11日八幡宮で儀式をして、そのまま海まで行ってお祈りをすることに決まりました。

八幡宮から海へ行く途中には教会(カトリック雪ノ下教会)もあるから、声をかけようと、私が親しくしている神父様に話したら、その方が「他の教会にも声をかけるよ」と言ってくれて、そういう個人的なつながりの連続ですね。

Bonz:3月11日からわずかの間に意思疎通がはかられて、実演された皆さまの行動力に驚きます。

Facebook 「東日本大震災 復興祈願祭〜鎌倉」より

Bonz:異なる宗教の方々が並んで歩く姿を目にしたときは、わーっと心を打たれました。

惠温さん:4月11日当日は八幡宮から海まで、最初は1列で行こうと思ったのですが、大勢だと警察の許可が出なくて、3列に分かれて向かいました。路地に差し掛かると先頭の神職の方が “シャッシャッ”とお清めしながら進んでいったのを、よく覚えています。

Facebook 「東日本大震災 復興祈願祭〜鎌倉」より

Bonz::海で祈ることも鎌倉らしいと感じました。

惠温さん:東北とは太平洋でつながっていますからね。それに鎌倉の海にも(関東大震災など)かつての津波による被害で眠っている方がたくさんある。
「海の家」に関わる人も多いので、そういった方々からのご要望もありました。

Facebook 「東日本大震災 復興祈願祭〜鎌倉」より

惠温さん:私たちが浜に着いたとき余震が起きて、結構大きな揺れだったけれど、参列されていた皆さんは落ち着いていて慌てないんですよね。あとから聞いたら、これだけ宗教者がいれば大丈夫だと思ったと…

Bonz:その気持ち,ちょっとわかる気がします(笑)

惠温さん:いやいや,さすがにそこまでは自信がない(苦笑)


Bonz:「鎌倉の祈り」
は、3.11を起点として、その後の震災や災害も含めて復興や平和を祈る場になりました。

惠温さん:
拠りどころとして、祈りの場は必要かなとは思っていますが、そのうち「そろそろもういいんじゃないの」という話になるかもしれないですけれどね。

浄智寺さんで見つけた「ひこばえ」

Bonz:今後のご活動やお寺については、どのように考えていらっしゃいますか。

惠温さん:私が教育委員会に関わらせていただいて、かれこれ五期になりますが、そういうご縁はやっぱり役割かなと思っています。(社長を務めている)FM も、お寺のあり方と似ているところがあるんですよ。いろいろなものが集まってきて、そこから発信していく。お寺も本来はそういう場所だったはずで、芸術文化についても、広くつながっていくというのは大事なことだと思っています。

惠温さん:お寺って、来る方はもちろん行楽で来て、境内で楽しく過ごすだけでもいいのだけれど、でもそれは、お寺がそういった雰囲気をちゃんと表現できているから、そういう気持ちでいていただけるわけで、

昔から「なにか困ったら和尚さんのところに行こう」みたいな感覚があったと思いますが、不安なことや心配なことってなくならないですから、お寺は、ちょっと心を落ち着かせるような場でありたいなと思います。北鎌倉から来て、この谷戸に入った途端に「空気が変わったね」「心が落ち着く」と言われるような場所を、ずっと維持していきたいですね。

浄智寺さんの境内を歩くとさまざまな景色が広がる。このごろは欧米系のインバウンドが多 く、御朱印についても理解している人が増えてきた。ちゃんとお祈りが終わって最後に,大 事そうに御朱印を入れた袋から御朱印帳を出してくる方もあるそう。

Bonz:鎌倉については、どのように思っていらっしゃいますか。

惠温さん:鎌倉っていつも申し上げるけれど、まず首都圏、東京からすぐ近くにあるけれど、かといって都会ではもちろんない。田舎の雰囲気も残していながら、利便性は高いですよね。街自体もコンパクトだから、目的地にも割と簡単に行けるじゃないですか。手が届きやすいところにある、それだけに何かこう、幸せな場所であったらいいなと思いますね。『宝は近きに在り』だ。

Bonz:まさに!整いましたね(笑)
   貴重なお話を本当にありがとうございました。

お腹をさすると元気をもらえるという布袋さま鎌倉七福神の1人。すぐそばを指差しているのは、山門に書かれた禅のことば「寶所在近」=宝物は近くにあるに由来する。

情報通でもある惠温さん、北鎌倉にできたおいしい食べもの屋さんや,逗子の居心地のいい お店のことまで,楽しいお話をたくさん教えていただきました。 最後はプレゼントしたボンズくんのミニクリアファイルと記念の1枚!どうもありがとうございました!

■浄智寺(金寶山浄智寺)
臨済宗円覚寺派・鎌倉五山第四位
1281年頃、鎌倉幕府第5代執権北条時頼の三男・北条宗政の菩提を弔うために創建されました。
最盛期には七堂伽藍を備え、塔頭も11寺院に達したと伝わり, 鐘楼門や本堂には、当時の中国から伝わった「宋風」の様式がうかがえます。
本尊は、過去・現世・未来を表す阿弥陀如来・釈迦如来・弥勒如来の木造三世仏坐像。 境内奥の洞窟には、鎌倉江の島七福神の布袋尊がまつられています。
鎌倉市山ノ内1402 電話0467-22-3943
JR北鎌倉駅から徒歩8分。
拝観時間9時〜16時30分/無休
拝観料 大人300円・小人(中学生以下)100円
※天候等により拝観を休止する場合があります。
https://jochiji.com/

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